スペシャルインタビュー 4 : Yusuke Watanabe(Organic Sounds)
現在、世界的な注目を集める一個人のエフェクターブランド、Organic Sounds。愛知県にある作業場にて、一台ずつ丁寧に組み上げられる精巧なヴィンテージクローン・ペダルは、常にも世界中のペダルギークたちを驚愕させ続けている。
「儲けなんてない、夢を叶えてるようなものだから」
この台詞は製作者であるYusuke Watanabe氏の弁である。なぜ、そこまで徹底的にクローンができるのか。そして、するのか。このインタビュー中にある先の問いに対する答えこそ、Organic Soundsの本質である。
取材、写真、インタビュー:細川 雄一郎
Photos and interviewed by Yuichiro Hosokawa
- 2018年 10月 Yusuke Watanabe氏の作業場にて -
Yusuke Watanebe(以下、YW):Rangemaster(のクローン)は僕が一番最初に作ったペダルなんです。アンプはすでに作っていて、何かペダルが作りたいな、と思った時、いつだったかなぁ、一番感動したペダル、初期衝動がすごかったペダルって、オリジナルのRangemasterだったんですよ。それはイエロージャケットのOC44(※英Mullard社製ゲルマニウムトランジスタの型番)が載っているヤツで、ノイズもすっごい個体でしたけど、ビックリするような良い音が鳴っていて......
ー それはかなり前のお話でしょうか?
YW:いや、4~5年前くらいじゃないですかね。で、その個体っちゅうのは、Nature Soundのビルダーさんが所有するものなんですよ。
ー Nature Soundとは交流があるんですか?
YW:会ったことはないんですけど、名古屋のバンドを通じて少し繋がりがあって。メールでお互いの部屋の見せ合いっことかしてましたけど(笑)、あの人の部屋はおかしいですよ。
ー いや、この部屋もよっぽどですよ(笑)。
ー Yusuke Watanabeさんのプロフィールに関してお伺いしたいのですが、まずどんな楽器を弾かれるのでしょうか?
YW:ずっとギターですね。僕は豊田(愛知県)で生まれたんですけど、親父が持ってたアコギを弾かせてもらったのが始まりで、中学校から本気でバンドをやり始めて、高校生の頃はハードコアバンドをやってましたよ。
ー その間、電子回路に関する知識を得るような機会はあったのでしょうか?
YW:その頃は全くそんなことはなくて、僕は高校卒業後に名古屋造形芸術大学へ進学したんですけど、って言っても、デザイン科にいながらライブばっかやってたんですけど。で、部室のアンプって壊れるじゃないですか?
ー ええ、間違いなく(笑)。
YW:それでそのアンプを直すようになって、感電したりもして(笑)。それで「あぁ、ここ触っちゃいけないんだな」ってことを大雑把に覚えて。でも大学生なんで金もないですから、まだアンプを組んだりはしていなかったですね。ツレのギターを直したりなんかはしてましたけど。電子回路の知識を得たのは大学卒業後、会社に勤め始めてからですかね。
ー お仕事でもそういった電気に関することに携わっているんですか?
YW:いえ、全然違うんですよ。会社では車の部品の生産管理をやってます。
ー とはいえ、仕事でもなにかを作るっているってことですね。エフェクターよりも先にアンプを作っていたとのことですが、どんなアンプを作っていたのでしょうか?
YW:大学からはずっとブルースをやっとって、毎週のようにブルースバーでライブをしたりセッションをしたりしていたんですけど、その時に興味本位で初めて組んだアンプがコレですよ。もう音は出ないんですけど。
Yusuke Watanabe氏が初めて作ったアンプ。FenderのChampタイプの回路を高名なヴィンテージパーツだけを使って、空中配線で組んだものだった。
ー 結構良いパーツを使ってますね!
YW:恥ずかしいんで中は撮んないでくださいね(笑)。その頃は高いパーツを使えば良い音がするだろうって思ってたんですよ。あと、音声回路の信号と電源が平行に走ると良くないってことをまだ知らなくて、「なんかカッコいいぜ!」ってだけで縦→横→縦→横みたいにパーツを組んでいったらめっちゃ発振するんですよね。でも音は出たので、できるもんだなと思って、そこからいろんなことを覚えていきました。
ー ちなみに、これは(Fenderの)Champですか?
YW:そうです、Champなんですけど、初段が6SL7で整流管が6X5だったかな。通常、12AX7や6V6などのフィラメントには6.3Vをかけるんですが、整流管はだいたい5.0Vなんですよ。この時、何も考えずに買った電源トランスが6.3Vしか出せなくて、6.3Vで使える整流管を調べたら6X5が出てきたんです。
ー その後、オリジナルのRangemasterに感銘を受けて、エフェクターを作り始めたと。
YW:自分が組んだアンプとRangemasterを併せた時にもの凄く感動的な音がして、「あー!もうRangemasterだ!」ってなっちゃったんですよ(笑)。
「ピンポーン(ドアチャイム)」
ー 随分とデカイ荷物が届きましたね。この形だとMatampかOrangeのヘッドでしょうか?
YW:うわっ、重っ。細川さん、良いタイミングでしたよ。これは見たことないんじゃないかなぁ。Kitchen Marshall(※60年代からわずかな量だけ製造されたMarshallアンプの小売店別注ライン)のPA100ですよ。
ー ええ!スゴイ!!
YW:完全ジャンクなんですけどトランスは載っていたので、それ目当てで買ったんですよ。トランスが生きとればですけど。あ、65年だコレ。マイナスネジもいっぱいゲット、よしよし。
ー Organic Soundsのエフェクターで使われているマイナスネジはこういった方法で集められているんですね。
YW:Tone Bender MK.IIの基板を止めるネジにプラスを使うことは許せないんですよ。もう「バカにしないで!」みたいな(笑)。
Sola Sounds / VOX Tone Bender Professional MK.IIを再現した、Orga Bender Professional MK.IIの基板部。同 Tone Benderを始めとする60年代のイギリス製エフェクターには、プラスではなくマイナスのネジが使われることが多い。
ー 68年以前の仕様のFuzz Faceも、ですよね?
YW:そうそう、本当にそうですよ。
ー パーツ萌え ー
YW:僕は50個って単位で「ゲルマ屋さん」からトランジスタを買うことが多いんですけど、昔はOC75とかを50個買うと3個くらい“GREAT BRITAIN”表記が入ってたんですよ。ですが、最近は全然入ってないです。ぜってえ抜いとるだろ、って(笑)。
真空管やコンデンサーでも有名なイギリスの電子部品メーカー、Mullad社が1950〜60年代に自社の工場で作っていたゲルマニウムトランジスタには、必ずイギリス製であることを示す表記が存在した。70年代以降に作られたもの、そして近年のリプロダクト品には同表記がない。
ー 価値に気付いてしまったんでしょうね。
YW:気にしだしたな、みたいな(笑)。あと、僕はRS(※Radio Spares = イギリスの電子部品メーカー。同メーカーの抵抗、コンデンサーなどはイギリス製の古い機材に多く使われている)に弱いんですよ~。RSなら箱だけ見て買いますからね。で届いてみて、中身なんやろ?って(笑)。
ー RSはセンス良いですよね。ロゴやパーツの色使いも独特ですし。
YW:ダサかっこいいですよね。こっちにRSのジャックとプラグがありますよ。
RADIOSPARES社のパーツはイギリス製の楽器用アンプに多く採用された経歴があるため、ヴィンテージアンプ・ファンには馴染みのあるパーツメーカーだ。
ー えー!しかも箱付きNOSで!!これはレアですね...
YW:こんなん、良い音しないわけないですよね~。あとね、見つけたら絶対買っちゃうのがもう一個あって、いや、全然くだらない話ですよ? 昔のセラコン(※セラミック製のコンデンサーのこと)が大好きなんですよ。
ー 意外ですね。
YW:でも使わないんです、こうやって持ってるだけ。このレベルになってくると、音はどうでもいい(笑)。
ー 僕はセラコン萌えってあまりないですね~。
YW:ERIEの電解コン萌えはありません?
Radiosparesと同様、Erie社の電子部品もヴィンテージのイギリス製ギターアンプに多く採用されており、ヴィンテージアンプのリペア、クローンには欠かせない。
ー あります!解ります!綺麗な色ですよね。
YW:最高ですよね〜。あとね、これが僕の自慢の逸品なんですよ。Cliff(※今も現存するイギリスの接点系部品メーカー)のジャックで、Tone Bender MK.IIに使われていたものとまったく同じやつです。音も良いんですよ~。
Yusuke Watanabe氏が所有する1967年製 Marshall Supa Fuzzと、そこに使われていたCliff社製のジャック。同時期の同ジャックをNOSの状態で手にすることはほぼ不可能に近いといえるだろう。
YW:あと、抵抗への拘りも強いですね。やっぱりRSのパッケージに惹かれるんですけど。100KΩはツブシが効くんで、いろんなメーカーのものを持ってますよ。
1960〜70年代に作られたRadiospare社製の抵抗は年々、入手が難しくなっており、日本国内での流通量はすでに皆無だが、その音色からも人気があるため、海外では現在もアンプ自作愛好家たちの間で盛んに取引が行われている。
YW:トランジスタはこっちにビッシリ詰まってるんですけど、これ説明しだすと半日かかるんで(笑)。ゲルマで僕が1番好きなのはコレですね。
アメリカのLANSDALEというメーカーが60年代に生産したゲルマニウムトランジスタ。言うまでもなく、未開封のNOS品である。
ー 当時のパッケージそのままで持っているっていうのは凄いですね。
YW:カッコいいですよね。で、コレは音も良いんですよ。ただ、このトランジスタが使われているオリジナルのペダルってないので、結局使わずにお蔵入りです。
こっちもお蔵入りレジスターズ(笑)。もう何が入ってるかすら解らないな~。普通にレアな抵抗ありますけど、値を測るのがメンドくさくて。MK.Iを組む時とかに「あの値あるかな~」って言って開けるんですけど。
倉庫整理や引き払い品から入手した未整理の抵抗を貯めた缶であるが、その中はRS製、Erie製、Morganite製など、ヨーロッパ製の希少なヴィンテージ品ばかり。
YW:(トロピカルフィッシュだけが詰まった箱を見て)これはゴミだな~。
ー トロピカルフィッシュがゴミ(笑)。まぁ、トロピカルフィッシュは年式によってはある程度の量が簡単に手に入りますもんね。とはいえ、異常地帯ですよ、ココは...
YW:このプラグのメーカー知ってます?GC、General Cementってメーカーなんですけど、Orgamasterのプラグは全てここのプラグを使ってるんですよ。これがすっごい音が良くて、本当に全然違うんですよ。
アメリカのGeneral Cementという工業用製品メーカーが生産したモノラルフォーンプラグ。素材から察するに、50〜60年代のものだろう。
ー プラグ自体が結構重いですね... 絶縁部分がコルク?
YW :そうなんですよ。そういうところ惹かれますよね。即、箱買いしました。
こっちにはその他にも......
〜この後もマニアックなコンポーネント・トークが1時間続いた〜
- Organic Soundsの理念 -
ー Organic Soundsのブランド名の由来とは、どんなことだったのでしょうか?
YW:昔やってたバンドの名前から来ていて、それでってだけですね。ヴィンテージパーツばかりを使ってオーガニックな音って意味ではなく、作り始めたらファズばっかりになって、後から意味が着いてきた感じです。
ー Organic Soundsは完全なるハンドメイドと呼ぶべきものだと思うのですが、そのハンドメイドならではのアドバンテージがあるとすれば、それはどんなことだと思いますか?
YW:そもそも大量生産ができないです。もしアドバンテージがあるとすれば、買ってくれる人に合わせたものが作れる、ってことじゃないですかね。
ー 量産することを考えたことはありますか?
YW:全くないですね。
ー そもそも量産に対して嫌なイメージがあるということではないですよね?
YW:それはもう全然なくて、TS大好きですし、BOSSも好きですし。ただ、完全に線引きがありますよね、量産品と個人のハンドメイドということでは。自分の中では完全に別物ですし、勝負する気もないです。僕が作るものには良いところも悪いところもありますし、量産品もまた然りです。
ー 基本的に量産品を意識することはない、と。
YW:全然ないですね。
ー 今後もずっとハンドメイドを続けていくと思いますか?
YW:はい、そうですね。
ー 文字やロゴなどのシルクスクリーンの印刷までご自身でやってらっしゃるんですか?
YW:自分でやれる範囲ではやっていますが、例えばOrgamasterやOrgaroundは作りが独特で、それは頼んで作ってもらっていますね。汎用のケースの場合は自分でやっています。
Baldwin Burns BUZZ AROUNDを再現したORGAROUNDを汎用ケースで製作する際に作られた、シルクスクリーン印刷のための版。
ー そういった作業自体もお好きなのでしょうか?
YW:好きですね~。手を着け始めるまではイヤなこともあるんですが。今日は眠いな~とかね。でも、やり始めたら朝までですよ。それで出来上がって、音を出してみて、それが狙った音だったらウォ~~シッ!!って感じですよ。達成感があります。
ー Organic Soundsの製品ができるまで、どんなプロセスを辿るのでしょうか? 例えば、どんなプロトタイプをして、どんな風に使うパーツを決めたりだとか。
YW:僕の場合は単純明快で、元になったオリジナルを作る、ということだけです。「オリジナルより良い音」とか、「ヴィンテージを使いやすくした音」とか、まったく考えてないです。自分が大好きなヴィンテージと本当に同じものが作りたい。完全にそれですね。ヴィンテージとなるとパーツの誤差が酷いんで、ヴィンテージのFuzz Faceとかはパーツを全部バラしましたからね。オリジナルのジャックや配線材がどれだけ音に影響しているかとか、いろいろ試しました。流石に当時と全く同じスイッチやジャックはそこまでの数を持っていないので、なかなか使えないですけど。
ー お話を聞いていてもそうですし、実際の製品を見てもそう思いますが、ヴィンテージの再現に徹底しているじゃないですか。例えばLEDがないことや、時にはインとアウトのジャックが逆であるようなことすらも含めて。
YW:そうですね、逆のものもありますね(笑)。
ー そこまでYusuke Watanabeさんを虜にしてしまうヴィンテージの魅力とは、どんなことだと思いますか?
YW:僕の中で、ヴィンテージは完全にスペシャルなんですよね。例えばFuzz Faceはブーミーだなんて言われますけど、それを含めて全てが良さにしか感じないんですよ(笑)。ここにあるMarshallのSupa Fuzzも冬になると少しゲートがかった音になるんですけど、僕の中ではそれも良さでしかない。そういった風のことを感じてくれる人しかOrganic Soundsを買ってもらってないでしょうし、1回買って違うなって思った人はもう買わないでしょうね。やっぱりBOSSみたいな便利なものが良いって人も多くいるでしょうし、ヴィンテージの回路をそのままで組むとやっぱり足りないこともあるんでしょう。僕は足りないだなんて全く思ってないんですけど(笑)。
ー だからLEDも付けないと。
YW:付けないでしょうね。あったら便利ですし、ものによっては音もそこまで変わらないでしょうけど、付けたくない。
ー 潔いですね。具体的に、ヴィンテージのどんな要素を再現しようと心がけていますか?
YW:ペダルによってそれぞれですけど、ヴィンテージファズに共通していることって、しっかりした音が出ているんですけど、弾き心地が軽やかなんですよね。サクサクしているというか... 例えばOrgaroundでいうと低音も出ていますけど、弾き心地が軽やかなんですよ。僕も気を抜いて組むと、その軽やかさが出ないんです。例えば、気軽に組んでポンと音を出したTone Benderなんかだと直線的な音であったり、どこかの帯域に寄っていたりするんです。ローの部分って似るは似るんですけど、ハイの方の倍音の散り方が違うんですよ。
ー 立体感、ということでしょうか?
YW:立体的でもありますし、とにかく音が重たくないんです。軽く飛んでいく感じ。
ー その質感を出すには、パーツの選別などが重要になってくるのでしょうか?
YW:そうですね、パーツだと思いますね。ゲルマニウムトランジスタがメインになるので、その特性でもありますけど。トランジスタの増幅値が5違うだけで、別のエフェクターなんじゃないかってほど変わることもありますよ。
ー Organic Soundsのラインナップには60年代のイギリス製のエフェクターを元にしたものが多いように見えます。そこになにか理由があるのでしょうか?
YW:はい、あります。超シンプルですよ。
「カッコイイ」から(笑)。
ー (笑)。それは見た目の話ですか?
YW:まず見た目好きですね。デカイ(笑)。で、その当時のイギリス製のエフェクターはグレイのハンマートーン塗装が多いじゃないですか。そのグレイのハンマートーンの魅力が半端ないんですよ、僕の中で(笑)。
ー Orgamasterがまさにグレイのハンマートーンですね。あの機種には具体的にどんな拘りが込められているのでしょうか?
YW:見た目ですね(笑)。まぁ、そもそもあの回路は狙った音を再現しやすいのですが、その中でもやっぱりオリジナルならではの味ってのがあって、それを作るのがトランジスタの選定と最終のコンデンサーだと思っていて、そこにはPhillipsの棒型セラミックをよく使います。大好きです。スチコンを使うこともあるんですが、それよりも締まった音になりますね。
Orgamasterの最後段に使用されるPhillipsブランドのセラミックコンデンサー。オリジナルのRangemasterの同箇所も近い形状のコンデンサーが使用されていることが多い。
ー そのコンデンサーも然りですが、Organic Soundsの最も大きな特徴として、ヴィンテージパーツを本当に惜しげもなく使っていることが挙げられると思います。どのようにして採用するパーツを決めているのでしょうか?
YW:ペダルに使う9Vの範囲ではリーク(※漏れ電流の意味。当インタビューではパーツに対する劣化や適正値からのズレの意味で使われる)は気にしていなくて、というか昔のパーツを測ると大抵のものがリークしている。むしろ、リークしているパーツだからこそ、良い音がするという気もしているんですね。だからむやみに完璧なパーツというのは使わないようにしています。
ー なるほど。
YW:抵抗値なんかも狂ってて当然なんですよ。で、ゲルマニウムトランジスタは挿してみないと解らない。もちろん、使う前に計測もしますけど、あまり参考にしてないですね。リークがあってもノイズのないトランジスタもありますしね。載っけてみないと解らない。だから時間がかかるんですよ。
ー トランジスタ、コンデンサー、抵抗だけでなく、ジャックもこだわっているという話が出たと思うのですが、ジャックもまた音に大きな影響を与えていると思いますか?
YW:全てを含めると、やはりトランジスタの影響が一番大きいと思いますけど、アウトプットジャックの影響はデカイと思いますよ。
ー そして、ヴィンテージのジャックが良い、と?
YW:良いか悪いかはその人の好みだと思いますよ。例えば現行のSwitchcraftの方が良いって人もいると思います。ただの好みなんですけど、僕が作るペダルに合ってるのは絶対にヴィンテージだろうな、って思います。
ー 逆に、もし近年のパーツだけを使ってエフェクターを作った場合、簡単に言えばヴィンテージパーツ使用禁止の状態でOrganic Soundsのエフェクターを作ったとして、ヴィンテージの再現度はどれだけ変わると予想しますか?
YW:ゲルマニウムトランジスタも60年代ではなく、80年代のものを使ったとすると、どうなんでしょうね~。再現度か...
ー 例えば100点がヴィンテージとまったく同じもので、いつもなら90点以上の高得点だったとして、それがヴィンテージパーツ禁止になった途端に50点とかになってしまうのでしょうか?それとも、80点ぐらいは取れるものなのか。どうなんでしょう?
YW:80点はいくんじゃないかなと思いますよ。ヴィンテージのパーツと最近のパーツで音が違うのは確かですが、良い音かどうかでいえば、両方とも良い音になると思います。
ー では、ヴィンテージパーツに共通する音の傾向があるとすれば、それはどんなものだと思いますか?
YW:現行のパーツは、音の芯が四角いイメージなのですが、ヴィンテージはそれが丸い気がするんですよ。もっと引きで音を全体的に見た時、現行の音を一つの図形にすると、その中では均一の小さな図形が全体を形作っているイメージがあるのですが、ヴィンテージは様々な大きさの図形が集まっていて、中には全体の図形からハミ出してしまっているものもある(笑)。
ー それもまた平面的な音と立体的な音ということに近いのでしょうか?
YW:そうですね。あと、僕の中では、ミドルが枯れるというイメージがありますよ。ハイが硬いとかより、そういったイメージです。
ー そもそも、Yusuke Watanebeさんが好きなエフェクターというと、どんな音のものなのでしょうか?
YW :さっきも言いましたけど、音がサクサクしている感じ。音のツブ感があるというか。
ー では、Organic Soundsで作りたい音も同様でしょうか?
YW:そうですね。
ー Organic Soundsの製品で絶対に譲れないこと、ここに特に拘っているというような、なにかシンプルな要素があるとすれば、どんなことでしょうか?
YW:難しいですね。見た目も当然拘りますし、ヴィンテージパーツも使うんですけど、本物のヴィンテージを持っている人が弾いても満足してもらえると思っているんですよね。ヴィンテージの愛し方が違うと思ってる(笑)。
ー ヴィンテージ愛ということですね(笑)。
YW:たまに「こんなペダルに金出すやつおるか!?」って思っちゃうものもあるんですよね。小さくてもメーカーとしてやっているとこと、自作の境目っちゅうところにケースのオリジナリティってあると思うんですよ。汎用のケースでいくら良い音作っても、なんかね、って気がしちゃうんんですよね。いや、汎用のケースでも作りますど(笑)。ボードに入れたいってことで、普通のケースでの依頼も多いですからね。
ー でも、オリジナルの筐体はコストがかなり高いんじゃないですか?
YW:かかりますね。50台作って、1台あたり1万円以上ケースにかかったことがありますよ。ノブだって、1個約1,400円のものもあります。拘りだしたら止まらなくなっちゃいましたね。元となるオリジナルを買うにも大金がかかりますから、大して儲けてないですよね(笑)。別にいいんですけど。
ー そこまで徹底的ってのは凄いですよ。
YW:逆にMK.Iのケースは安いんですよ、単純な形なので。ただ、このゴールドのハンマートーンの塗料がクッソ高いんですよ。一般的なゴールドのハンマートーンよりもツブがデカイ方が良いなと思って、それ専用の塗料を仕入れてもらって、それが5万円とか(笑)。でも作りたい、でもこの色が良い、と思ってやっちゃいました。
1965年にわずかな数だけ生産された幻のTone Bender MK.Iを再現した、Orga Bender MK.I。 その筐体表面に使われた塗料にもこだわりがあった。
YW:あと、Tone Benderだけではないんですけど、基板の色ですね。使うのは一般的な基板なんですけど、加工するとオリジナルに近い色が作れるんですよ。
ー え!?基板も1枚ごとに加工してるんですか?
YW:そうです。その加工方法を研究していった結果、ヴィンテージにほぼ近いところまできましたよ。ヴィンテージの基板は素材が違って、もともとあの濃い色なんですが、日本で今売ってる基板だと白い色なんで、雰囲気出ないんですよね。どうにかならんかな~と思って、何軒かの基板屋に電話して聞いてみたら、「そんなん外に放置しときゃああなるわ」とか言われてたりして(笑)。あと、ストリップボード(※古くから海外製エフェクターに使われることの多かった、裏面に直線のPCBパターンのみが引かれた自作用基板。Tone Bender MK.1.5、MK.II、初期のSupa Fuzzなどにも使われている)って日本だとあまり売ってないじゃないですか?これも基板屋に作ってもらってますからね。もうアホだと思いますよ、こんなん作ってもらうなんて(笑)。基板裏面の銅箔の厚さでも音が変わるんで、そこも注文して作ることがありますね。なるべく薄くして、みたいな。
質感の異なる5枚の基板だが、驚くことに元は全て同じものだという。 ある特殊な加工を施すことにより、現在多く流通するアイボリー色の基板がヴィンテージ品のような色合いに変わる。
YW:あと、Tone Bender MK.IIはトランジスタの足の長さにすんごい拘りがあって、どのブランドのリプロダクトモデルも結構適当に曲げてあるじゃないですか?まぁ、オリジナルも本当に適当に曲げてあると思うんですけど(笑)。その中でも足が長いものが多いんですよ。僕は他のオリジナルの個体を持っている人にも足の長さを測ってもらっていて、絶対にオリジナルと同じ長さにしますよ。どこも微妙な雑さ加減が大事で、配線もキッチリ這わせて作るなんて絶対にダメです(笑)。
ー 音的にってことではなくて、ポリシーとして、ってことですよね?
YW:見た目です(笑)。
ー 素晴らしいです。全て徹底的じゃないですか。みんな好きだ好きだって言ってても、普通は諦めるところがもっと手前にありますよ。
YW:性格でしょうね~。僕はそういったこと(諦めること)が勿体ないと思っていて、お金と苦労の問題だと思うんですよ。図面引いてケース作ったり、色合わせしたり、そういったことのメンドくささだけなんで、やりゃあできるんですよ。ただし、お金はかかります。だから、僕はペダルビルダーとして独立しようなんて考えてなくて、本業があるからこそできると思うんですよね。
ー 好きでエフェクターを作れなくなっちゃうかもしれませんもんね。
YW:ヴィンテージパーツなんて使ってる場合じゃなくなっちゃう。歩留まり悪過ぎるんで。そういうことを考えずにやりたいですよね。好きなことをやりたいんで、今のスタイルを崩せないです。崩さないっていうカッコイイものじゃなく、崩せない。パーツを海外から買ってみたら想像より倍デカかったー!、なんてできなくなっちゃうから(笑)。
ー 採算を考えていない、って言いかたが正しいのかは解りませんが、とにかく凄いですよ。
YW:採算を考え始めたら、安くても売価が10万円以上になるんじゃないですかね。ものによっては、組むのだってめっちゃ時間かかりますから。
ー むしろ、仕事の合間にそこまでできるってことも凄いことですよね。やはり情熱を感じます。
YW:情熱のみでやり切る感じですね(笑)。ものによっては筐体の重さも測って、それも同じにしていますからね。アルミの材質の誤差とかで完全に同じにはならないですけど。でも、2つの異なる筐体にそれぞれ同じ中身を移植しても、音が違うんですよ。やっぱり筐体の厚みや素材が音に影響していて、例えばOrgaroundは鉄板の筐体なんですが、Hammond製(※エフェクター業界ではスタンダードな汎用ケースメーカー)のアルミダイキャストに入れると、音が少し温かくなるんですよ。
ー 僕も近い実験をした経験の上で、結果が想像がつきますね。
YW:だからこそ、ケースにも拘りたいってなりますよね。オリジナルに寄せるためにはどこまでやるのって、そら全部やらんといかんでしょ。ちょっと似てるじゃ面白くないよな~って。
ー 本当に尊敬に値しますよ。だって、今までそこまでは誰もできてないですから。
YW:いや、好きなら誰でもやれると思いますよ。細川さんのTS(TS808 #1 Cloning mod,)だってそうじゃないですか。情熱じゃないですか。まぁ、あのTSに関しては情熱だけでなく、人脈も必要ですけど。
ー ありがとうございます。僕の場合は運も良かったのかもしれませんね。
YW:僕も運が良くて。自分の製品を作り出してから凄いコレクターに出会えたり、細川さんに雑誌で紹介していただいたりして。ホント、運が良かったと思います。
ー いや、それは決められていた未来ですよ(笑)。そのレベルでやれば、人生はそうなるようにできてるんですよ。
YW:いやでも、ただ僕が作り上げただけじゃないですからね、絶対。周りの人の応援は当然ありますし、周りに良いヴィンテージペダルを持ってる人がいないと作れないですから。ホントに運が良くて。普通はありえないですから、オリジナルのVOX Tone Bender MK.IIがここにあるなんて。
写真左がCULT代表 細川が所有する1967年製VOX Tone Bender Professional MK.II、写真右はYusuke Watanabe氏が所有する1967年製 Marshall Supa Fuzz。インタビュー当日、Yusuke Watanabe氏の音をリクエストでTone Bender MK.IIを持って来ていた。
ー もし、研究の参考になるってことであれば、それ(VOX Tone Bender MK.II)もお貸ししますよ。
YW:ホントにですか!?いいんですか!?
ー じゃあ置いていきますよ。そっちの方が絶対ためになるじゃないですか。そこで何か新しいものが生まれるんなら、僕も嬉しいですよ!
YW:実はMullardのOC81とかOC81Dを持ってるんですけど、それが載ったTone Benderとは比べられなくて。ぜひ貸してください!
ー 僕が持っているだけでは新しいものは生まれないですから、それなら何か生み出せる人の手元に合った方が良いですよ。
後日、この日のこのやりとりがきっかけで、CULT限定のペダル、OGS Orga Bender Professional MK.II が製作されることとなった。