CULT Original Pedals “Behind The Creation” Pt.3
CULTオリジナル・ペダルの第二弾は、ディストーション・ペダル“Tempest”。汎用性が高く、弾き手にフレンドリーな新時代の名作“Ray”を弾いた後に体験した“Tempest”のサウンドは、ある意味でショッキングなものだった。このペダルの荒々しいディストーション・サウンドは、誤解を恐れずにいえば弾き手を選ぶ。しかし、これもまた稀代のペダル愛好家・細川雄一郎氏から生まれたものであり、“Ray”とは異なるベクトルでありながら同じ高みに到達した、唯一無二の歪みペダルなのである。“Tempest”は何を目指し、何を成し遂げたのか。細川氏の言葉に耳を傾けた。
Part 3 : “Tempest”
“Tempest”は、自分だけのために作った
かなりエゴイスティックなモデルだと思います
──“Tempest”は、どういう歪みを狙ったモデルなのでしょうか。
細川雄一郎(以下、YH):僕はもともと前職でアンプ屋さんに勤めていて、レアなビンテージ・アンプに触れる機会が多かったんです。そうした中に、マーシャルの1968~70年くらいの間に製造された100Wのアンプで、やたら歪む個体が稀にあったんですね。その個体の歪みを再現しようとしたのが“Tempest”です。
──いわゆる、アンプ・ライク・ペダルですか?
YH:アンプ・ライクとも言えますけど、世の中のアンプ・ライク・ペダルよりもさらにアンプ・ライクにしようとしたものです。例えば、よくあるマーシャル系のペダルって、やっぱりエフェクターの域を超えていないと思っていて、良くも悪くも使い勝手がいい範囲に収まっていると思うんです。本当の歪むマーシャル・アンプはうるさかったり、存在感があり過ぎたりして、そうした意味ではアンプ・ライク・ペダルは使いやすいんですよ。ただ、僕はもっとリアリティのあるものを作りたかった。
──マーシャルの100Wの68年から70年の間に製造されたやたら歪む個体って、一般的には弾いたことがある人の方が少ないと思うんですよ。弾いたことがない人に向けて、音の特徴を伝えるとしたらどうなりますか?
YH:まずアタックが鋭くて、目立ちます。歪みの質感は、粗くて、割とファズっぽいんですけど、原音が聞こえるというか、何をしているのかがわかる歪みです。トラックの中で存在感がある音です。歪みのキメが細かいとか、スムースなものでは決してないですね。
──なるほど。自分もそういう個体を弾いたことがないのですが、“Tempest”を弾くと仰る意味がわかりますね。今のアンプの音の説明は、“Tempest”から感じる印象そのままです。ただ、自分は「“Tempest”はアンプっぽい」という前評判を聞いていて、最初に弾いた瞬間にはアンプっぽさがわからなかったですよ。うちにはアンプが15~16台あるんですが、こんな音がするアンプはなかったから……。その後、“Tempest”を弾いていたらアンプっぽさもわかったのですが、その話はまた後ほど。マーシャルっぽい歪みを作るにあたって、工夫した点を教えてください。
YH:世の中にあるダイオード・クリッピングのように、歪ませるための素子を作って波形を削ってという方法では、マーシャルっぽい音は僕はうまくいかないと思うんですね。何か、素子自体が歪まないと、やっぱりエフェクターの域は脱しないと思うんです。では、どの素子を歪ませれば良いか。僕はJFET(増幅素子の1種)が、1番アンプ・ライクだと思います。メナトーンの“King of Britains”、オッコの“Diablo”なんかに使われている素子ですね。これらは素子自体が歪んで、ああなっているんです。ダイオード・クリッピングでは、あの弦離れやコンプレッションは実現できません。
──例に出していただいたペダルが、どれもめちゃくちゃ音の良いペダルばかりですね。そこで使われているJFETがそれほど良いものなら、世のディストーション・ペダルはなんでそれを使わないのだという疑問も出てきますが。
YH:(笑)。それは設計が難しいのだと思います。“Tempest”については、JFETを歪ませるため増幅回路、それとその後に効くポストEQのコントロールを通した回路で構成されています。
──コントロールの話が出たので伺いますが、“Tempest”のEQコントロールはプレゼンス、デプスとネーミングが独特ですね。
YH:先ほど述べたように“Tempest”は歪みを作った後にポストEQを通しているんですが、その関係を、僕はプリアンプとパワーアンプと想定しています。プリアンプで基本的な歪みと音を作った後に、パワーアンプでそれを増幅している感じですね。そして、パワーアンプにベースとトレブルがあるとすれば、それはベースとトレブルではなく、デプスとプレゼンスになると思うんです。VHTのパワーアンプにもありましたよね。ですから、パワーアンプのEQに相応しい名前をつけたというのが、先ほどの質問に対する答えです。
──“Ray”のEQコントロールでも感じましたが、すごく効きがいいですね。
YH:プレゼンスは、かなり幅を持たせていますね。デプスは、ベースを上げるコントロールで、数値上の幅はそれほど広くないですけど、僕が好きな帯域を僕が好きなQで上がるように作ってあります。
──ディストート・コントロールに関しては、歪みがかなり深くて、上げた時にめちゃくちゃ歪みますよね? 100Wのプレキシの歪む個体って、こんなに歪むんですか?
YH:実は歪まないです。せいぜい“Tempest”の12時くらいまでの歪み量ですね。ディストート・コントロールのそれ以降は、実機の100%を超えています。実機は“Tempest”のディストートが11時よりちょっと歪む感覚です。ただ、そういう個体はあっても大抵ギタリストの寒河江康隆さんが買っていくんですよ(笑)。だから、寒河江さんの持っているマーシャルで、“Tempest”のドライブを12時にした時くらいに歪むアンプはあります。あとは“Tempest”を完成した後に、たまたまヴァン・ヘイレンの1stアルバムに収録された「Runnin' with the Devil」のギターだけが収録されているパラデータを入手しまして、聴いたところそっくりだったので、間違っていなかったなと思いました。パラデータ、聞いてみます?
──ぜひ。
YH:(「Runnin' with the Devil」のパラデータを流す)
──うわ! なるほど!
YH:で、改めて“Tempest”を弾いてみてください。
──(「Runnin' with the Devil」のリフを弾いてみる)…………うっわ!!!! そっくり!!!!!
YH:(笑)。
──エディの1968年のプレキシの音に、極めて近いですね。自分自身、“Tempest”は所有しているんですけど改めて驚きました。考えてみたら、初期のエディの音はけっこう荒々しいですもんね。で、“Tempest”も荒々しい。ですが“Tempest”の荒々しさは、ボリューム・コントロールを上げるとかなりニュアンスが変わりますよね? 実は自分は、その時のボリュームの挙動や音がアンプっぽいと思ったところなんですが。
YH:確かに、ボリュームは上げるほどよりアンプの音に近づきますね。だから、僕が推奨するセッティングは、ボリュームはMAXです。
──かなり音量は上がりますが、すごくいい音です。自分が直近で試した“Tempest”のベスト・セッティングも、ボリュームはMAXでした。
YH:ボリュームは、上げられるのであればできるだけ上げてみてほしいですね。3時以上には、して欲しいです。推奨するセッティングは、ボリュームMAX、ディストートは11時くらい、デプスは上げめで13時以上、プレゼンスは3時より手前です。このペダルはコントロールをどこに合わせても良い音がするペダルではなくて、そういう意味では自分だけのために作った、かなりエゴイスティックなモデルだと思います。歪み量に関しては、僕が好きなのは11時方向くらいですが、そこよりもかなり深く歪ませることができるようになっていて、そこだけは世の中に迎合したんですけど(笑)。プレゼンスとデプスもかなりマニアックで、普通のトレブルやベースの効き方をしていればわかりやすいモデルとして認知されたかもしれないですね。プレゼンスは高域の中でも上の方に効き、しかも元々の音がジャキジャキしているので、そんなに上げるコントロールは必要ないかもしれないんですけど、それができるコントロールを付けました。“Tempest”については、我ながら調子に乗ってるなとは思います。
──確かに、“Ray”は誰にでも優しいモデルですが、“Tempest”はセッティングのコツを知っている人が使った方が良いモデルなのかなと思いました。ですが今回、推奨セッティングも公開されたので、ぜひ皆さん試してみて欲しいと思います。ところで、“Tempest”の名前の由来は?
YH:二つあります。一つは、シェイクスピアの作品の名前からです。シェイクスピアのテンペストのために書かれた曲も、良いものが多いですよね。元々はチャイコフスキーのテンペストが好きで、そこから原作を読んだんです。1912年に出版された本が、ここにあるんですよ。これは挿絵も素晴らしいんです。
僕はシェイクスピアのテンペストからは、二極化した存在のメタファーを感じるんですよ。“Tempest”も、アンプ的な部分とペダル的な部分、両立しないものの二極性を含んでいます。その意味で、共通するものがあるというのが一つ。もう一つは、これまであまり言っていなかったのですが、“Prophet-5”の設計者として知られているデイブ・スミスが手がけたドラム・シンセでテンペストというモデルがあるんですけど、僕はこれが大好きで! 実は7~8年前から「いつか自分がオリジナルの製品を出すことがあったら、“Tempest”と名付けたい!」と思っていたんです。これが由来の二つめですね。
──シェイクスピアということですが、楽器以外のものからインスパイアされることも多いんですか?
YH:それで言うと、(コンセプトやデザインにおいては)楽器からインスパイアされることはほとんどないです。特にペダルからインスパイアされてしまったら、パクリになりますから(笑)。
──細川さんは楽器以外のものにも凝るので、そういったところも反映されるんでしょうね。ではここで、“Tempest”の裏蓋を開けてみませんか? なにしろ自宅では開けられませんし(Part1 参照)。
YH:では、開けましょう。
パカッ
──おお! こうして見ると“Ray”とは違いますが、美しさは同等ですね。パーツも共通するものが多いようです。オペアンプは違いますね?
YH:“Ray”で使っているものほど現代的なハイファイの質感のものではなく、いわば昔のハイファイという感じのオペアンプです。昔のSSLなんかに使われていました。ただ、“Tempest”におけるサウンドの部分に、オペアンプはそれほど大きくは影響しません。
──決定的な影響力を持つパーツは?
YH:やはりJFETですね。歪みを作っているので。
──FETは設計が難しいという話でしたが、CULTオリジナル・ペダルの設計に細川さんはどのように関わっているのですか?
YH:制作を手伝ってくれる僕の友人と二人でやっていて、最初はこういう回路にして欲しいというアイデアを僕が持っていて、彼に伝えて実際に作ってもらいます。その段階で、彼のエッセンスが入りますよね。僕は、「まず入力からこういう回路に入って、そこでこういう素子を使ってまず歪みを作って、その後にこういう回路とこういう回路を通って、こうやって出してほしい」と伝えます。細かく伝えてはいるんですが、回路と回路の繋ぎ方や置き方に関しては、手伝ってくれている彼のアイデアが詰まっています。僕の伝え方は細かいようでいて、曖昧なところもあるんです。
──ということは、試作品が細川さんの考えているものと違うということも、あるんですか?
YH:そうですね。例えば“Ray”の音は僕が当初思っていたよりもクラシックで、そういう良さがあるとは思っていませんでした。そこからさらに、その良さを活かすためにこういうコントロールにしようとか、基板をいじってこうしようとかのアイデアを、僕が出します。僕が思っているものが既に出来ているのに何かがうまくいかない場合には、彼のアイデアを聞きます。微調整の場合は、僕が回路の数値を全部指定します。
──なるほど。その辺りの関係は、初めて聞きました。
YH:そうですよね。お互いに手詰まりになった場合は、徹夜でその場で調整・修正を繰り返していきます。
──そうして作られる“Tempest”は、“Ray”とは全く異なる歪みですが、自分は巻き弦の質感に共通するCULTの個性を感じるんですよ。
YH:僕が音決めをしているからかもしれないですね。両方共通して、ここだけはブランドとして貫こうというものはありません。僕が作ることで偶然生まれたもので、同じような回路でも他の人が音決めをしていたら、違うものになるかもしれません。
──なるほど。実はそれは、“Lux”を試奏した時にも感じたことなんですよ。むしろ“Lux”では感じやすいかもしれません、何しろベースには巻き弦しかないので(笑)。それでは、Part4では“Lux”について深く掘り下げていきたいと思います。
YH:わかりました!